飛騨の酒カルチャー
2022/10/19

飛騨の酒カルチャー

お酒と飛騨の人の深い関係

良質なお米が収穫できて、昔から酒造りが盛んだった飛騨。また、外に出るのも憚られるほど寒い冬を乗り切るために、酒宴文化が育まれてきた一面もあり、旦那衆にとって酒宴は最大の社交場で、夜がふけるまで延々とつづいたといいます。こうした歴史は現代まで受け継がれ、飛騨の人々は今でも地元のお酒が大好き。お酒が強い人も多く、ほかの地域では見られない酒にまつわる独特な習慣も残っています。飛騨の酒文化を覗いてみよう。

飛騨市の酒はなぜ美味い?

酒造りに大きく影響する「水」「米」「気候」。飛騨市はこのすべての要素に恵まれています。雄大な北アルプスと広葉樹の多い森に育まれた、清らかで軟らかな伏流水。山に囲まれた土地ながらも盆地であるため米作りも盛んで、ミネラル豊富な水と芳醇な土壌のもと、でんぷん質の多い酒造好適米「ひだほまれ」が研究開発されました。そして飛騨市は酒造りに適した寒冷な気候でもあります。さらに熟練の技術をもつ杜氏たちが競い合い、すべての情熱を注いできたからこそ、奥深さのある美酒ができるのです。

手土産にお酒?

飛騨ではお祝いごとや冠婚葬祭、御歳暮、御中元といった節目に、飛騨の地酒を2升(もしくは3升)をのしをつけて相手に贈る風習があります。これは何につけても「酒」がつきものの飛騨らしい文化。雪かきを手伝ってもらったなどのちょっとしたお礼に、相手にお酒を渡すことも。

飛騨の人は地元の酒しか飲まない?

古川町の居酒屋を覗いてみると、飛騨市の酒しか置いていない店がほとんど。飛騨の酒がいかに地元で親しまれているかがわかります。飛騨の酒は機械による大量生産ではないため生産量はそれほど多くありませんが、地元で愛されているがゆえにそのほとんどが岐阜県内で消費されています。余談ですが、飛騨には「返杯」の習慣が色濃く残っていて、お酒を注がれたら最後まで飲みきり、相手におちょこを渡して注ぎ返すのが礼儀。ついついお酒が進んでしまう特有の文化といえます。

とびきり熱い燗を「真宗寺燗」と呼ぶ

寒冷な気候から、酒を飲むといえば「熱燗」という文化が根付いており、たとえ夏であっても熱燗が好まれるのが飛騨。居酒屋で日本酒を頼んで、何も言わなければ熱燗が出てくるほど根付いています。とっくりの首までアツアツにしたとびきり熱い燗も地元では好まれていますが、飛騨古川では「真宗寺、真宗寺燗(しんしゅうじ、しんしゅうじかん)」と呼ばれます。温度はだいたい55℃~65℃くらい。古川町では「チンしょうじで」と言ったりも。(熱いという意味の「チンチン」の「チン」と、真宗寺を地元の人は「しんしょうじ」とも呼ぶことから)。これは古川町内にある真宗寺の数代前のご住職が、素手で持てないほど熱いお酒が好きだったことに由来します。

宴席で歌う「めでた」って?

飛騨地方の宴席で歌われる「めでた」と呼ばれる祝い唄。地域によって呼び方は異なり「若松様」「みなと」とも呼ばれ、また節も地域ごとに異なり「古川めでた」「神岡めでた」などと呼ばれたりもします。酒の席では「めでた」が披露されるまでは自席を離れてはいけない昔からのしきたりがあり、「めでた」を歌った後は無礼講に。お互いに酒を酌み交わして宴会が賑やかなものに変わっていくのです。

飛騨のお酒、まずはなにを飲んだらいい?

飛騨市でお酒をつくっているのは、渡辺酒造店、蒲酒造場、大坪酒造店の3つ。
それぞれの代表銘柄と、飛騨市のお酒のことを、飛騨古川にある後藤酒店の後藤亜都子さんにお聞きしました。

 

飛騨古川でお酒の土産を探すなら、外せないのが「後藤酒店」。ご覧ください、足を踏み入れるなり目に飛びこんでくる、この圧巻の光景を。酒好きは一度入ったらしばらくは出られない、お酒に詳しくない方でも飛騨の酒を知り尽くした店員がお酒をおすすめしてくれるスポットです。

 

「飲食店でも、手土産でも、家庭でも、飛騨古川ではみんなこの『上撰』タイプを飲んでいます。どんな料理にも合いやすく、食中酒から晩酌まで広く冷酒からぬる燗・熱燗までオールマイティに楽しめるのが特徴なんです。そうそう、お祭りでも欠かせないんですよ」
 
とくに春先、まだ寒い4月19日に行われる古川祭の夜祭(起し太鼓)では、さらしを巻いた男たちは互いに一升瓶を回し飲みし、体にお酒を吹きかけて挑むのが恒例行事。飲んで体内から温めつつ、酒で肌を濡らして摩擦を減らすことで怪我の軽減にもなるのだとか。
 
「お酒の飲み方は、地元では季節を問わずアチチなお酒を楽しむ『真宗寺燗』がおなじみ。冷酒より熱燗のほうが酔いがまわりにくいから、という飲んべえなりの知恵もありつつ、熱燗のほうがいろんな味が楽しめるのです。たとえば『蓬莱』の上撰は、熱燗では甘口で、冷やではやや辛口に。『白真弓』はその逆で、熱燗では辛口ですが、冷やでは甘みと旨味とキレが感じられます。つまり温度とともに幾通りも楽しめるんですね」
 
おしゃべりしながら熱々の盃を傾け、変わりゆく味のグラデーションを楽しむのが飛騨の粋。さらに贅沢を楽しむなら吟醸や大吟醸に手を伸ばすもよし、季節によって登場する限定酒を楽しむもよし、です。知っておきたい飛騨の代表的な日本酒を見ていきましょう。

渡辺酒造店

世界酒造ランキング2020 第1位の酒造
白壁土蔵や古い商家が連なる古川町の壱之町通りに佇む老舗。渡辺酒造店の興りは明治3年(1870年)。渡邉家の5代目久右衛門章が生糸の商いで京都に旅した際、口にした酒の旨さが忘れられず、自ら酒造りをすることを決心。飛騨の地に酒造を構えました。でき上がった酒は「えもいわれぬ、珠玉のしずく」と大好評。現在では創業150年を越え、世界酒造ランキング2020第1位、世界中のコンクールで151冠という世界一の受賞歴を誇っています。
 
 
●蓬莱 上撰 
「蓬莱」のスタンダードといえるのがこの「上撰」タイプ。飛騨古川で最もポピュラーな家庭の晩酌酒で、その味わいはやわらかく澄んだ淡麗の旨口。岐阜県産酒造好適米・ひだほまれを63%まで精白して丹念に醸造し、まろやかな甘みを引き出して万人に愛されるベストセラーに。「モンドセレクション」で金賞、また「IWC(インターナショナル・ワインチャレンジ)オーディナリー部門」でも最高金賞を受賞して日本の在外公館で提供されています。

 

●蓬莱 純米吟醸
渡辺酒造を代表する「蓬莱」は創業当時から受け継がれる銘柄。宴席で歌われた謡曲「鶴亀」の一節から名付けられました。蓬莱とは仙人が住むとされる不老長寿の桃源郷、そして人に慶びを与え開運をもたらす縁起の良い酒ことばでもあります。契約栽培した酒造好適米・ひだほまれを使用し、米の旨みをそのまま伝える素直な味わいが特徴です。努力と研究を重ね、品質最上主義を貫いた結果、数々の品評会で入賞。地元の人々はもちろん、多くの文人墨客にも愛されてきました。近年では、ANA国際線ファーストクラスに採用されています

 

●蓬莱 上撰 
「蓬莱」のスタンダードといえるのがこの「上撰」タイプ。飛騨古川で最もポピュラーな家庭の晩酌酒で、その味わいはやわらかく澄んだ淡麗の旨口。岐阜県産酒造好適米・ひだほまれを63%まで精白して丹念に醸造し、まろやかな甘みを引き出して万人に愛されるベストセラーに。「モンドセレクション」で金賞、また「IWC(インターナショナル・ワインチャレンジ)オーディナリー部門」でも最高金賞を受賞して日本の在外公館で提供されています。

蒲酒造場

創業は宝永元年、300年の歴史をもつ老舗
第5代将軍徳川綱吉が世を治めていた宝永元年(1704年)、蒲酒造場は初代・蒲登安によって創業されました。以来、300年もの長い間、「利は貪るべからず頂くべし」という家訓を守りながら、飛騨古川の地で酒造りを実直に続け、地元で愛されてきました。蒲酒造場の顔ともいえる代表銘柄は、その名を万葉集からとった「白真弓」、さらに古川人の気質から名付けられ、全国燗酒コンテスト2020のお値打ちぬる燗部門で最高金賞を受賞した「やんちゃ酒」など。発泡酒や高濃度酒、低アルコール酒など多彩なお酒を取り揃えています。

 

●白真弓 純米吟醸 ひだほまれ
飛騨が誇る酒米・ひだほまれで醸した純米吟醸は、米の優しい甘みとコク、鼻腔に抜ける上品な香り、口に含んだ瞬間ふわっと広がるほのかな甘みの向こうにキレがあるのが特徴です。辛・甘のあわいをゆく上品なお酒なので、素材の味を生かす寿司や、淡い味付けの和食、癖のないチーズなどによく合います。「2020年春季全国酒類コンクール」第1位特賞、「ワイングラスでおいしい日本酒アワード2021 プレミアム純米部門」金賞など輝かしい受賞歴があります。

 

●白真弓 栄冠 上撰
白真弓の「上撰」タイプは、まさに「栄冠」の名を体現する逸品と知られる飛騨のベストセラー。家庭の晩酌酒に選ばれるような身近なお酒だ。ひだほまれ精米歩合70%。飛騨の天然水をもちいて丁寧に造られた味わいは「人に寄り添う酒」を体現しており、飲み飽きない味。丸みとコクのあるやや辛口で後味のキレがよく、和食をはじめどんな料理にもオールマイティに楽しめる懐の深さを、ぜひ熱燗から堪能してみてほしい逸品です。

大坪酒造店

伝統ある手づくりの味を大切に守る
神岡町にある大坪酒造店は、天保13年(1842年)に創業した老舗の造り酒屋。甘口でしっかりした「飛騨娘」、辛口でキリッとした「神代(じんだい)」は2大看板。また、春秋2回発売の限定品でフルーティな香りが人気の「神代上澄」、冬季限定のにごり酒「冬ごもり」にも多くの固定ファンがついています。「時流に押し流されない誠意ある酒造り」という理念のもと、伝統ある手作りの味を大切にする真摯な姿勢が地元の人々に愛される理由です。

 

●飛騨娘 原酒
飛騨神岡で愛される大坪酒造店の2大看板銘柄の一つ「飛騨娘」の原酒。甘くふくよかで雪国の女性のような清らかさがあり、口に含めば重厚感のあるしっかりとした旨みが広がります。原酒タイプでアルコール度数が20度近いため、冷酒だけでなく、ロックグラスに氷を浮かべてオンザロックで飲んで頂くのも通な楽しみ方です。濃醇でしっかりとした旨みが広がるお酒なので濃厚な味付けの料理と合わせて呑むと、より一層深い味わいを楽しめます。

 

●飛騨娘 上撰
「辛口の神代」「甘口の飛騨娘」と謳われる通り、辛口仕込みの酒が多い飛騨にしては珍しい、甘口の定番。とくに神岡の人々に古くから親しまれてきたのが、この「上撰」。あきたこまちの米の甘味と濃醇な旨味で知られ、しっかりとした飲み応えが魅力。冷酒から、ぬる燗・熱燗まで幅広く楽しめますが、初めてなら、花冷え(10℃前後)、涼冷え(15℃前後)、常温(20℃前後)あたりからはじめてみると、よりおいしくいただけそうです。

 

●神代 上撰
「飛騨娘」と並ぶ、大坪酒造の二大看板の一つがこの「神代」。なかでも「上撰」は最もスタンダードなタイプの普通酒で、芳醇な旨味とキリっとしたシャープな辛口が特徴。飲みやすい飛騨娘を初心者向けとするなら、こちらは飲兵衛御用達のツウ好み。ほどよい酸味も感じられ、キリッと冴えた喉越しも魅力。やさしい味付けのおばんざいにもよく合います。美味しく飲める温度帯も幅広く、ときとともに変化する味わいから自分好みの温度を探究したくなる一本。
 
 
 
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